清澄
五濁悪世の末法救済の為に留め置かれたる南無妙法蓮華経を、一代の間、毎日御修行する事が出来ました幸せは、日蓮大聖人様の「誠に誠に過去十万億の諸仏供養の者也、」と仰せられたお言葉を身にしみじみと感じます。人間に生まれて此れほど幸せな事は無かった様であります。此れを喜ぶ事が出来る事は、人間としての私の名誉であります。
私が此の御題目を唱えて一代を過ごす決心を固めました以上は、其の御題目―南無妙法蓮華経が唱え出されました。一閻浮提の内の日本国、日本国の中の此の清澄山は、他に掛け替えのない大切な場所であります。私は此処に非常な愛着を抱きまして、せめて何とか御草庵を建てたいと思いましたが、そんな余裕も無く、思う様に御草庵も建ちませんし、其の当時は、此の清澄寺も真言宗でありまして、御題目様が正行として認められないお山でありました。何とか此処に御題目が自由に唱えられる道場が欲しいと思いまして、御草庵を建てた事があります。
此の一念の心が通じまして、やがて此の清澄寺が日蓮宗に改宗すると共に、此処の別当職のお人方が代々挙って、良く日本山の御修行を育てて頂きました。「此の境内に於いて使える所が有れば何処でも使って下さい」と云うお言葉を頂きました。今の道場が建っております所も清澄寺の土地でありますが、無条件に此の道場を建てさせて頂いております。
(昭和五十八年四月二十七日 清澄山)