立春
現在は全世界が軍事的精神状態に凍結されてしまっておる。軍事的精神状態は結局人類の恐怖をもたらした以外に、人類の為には何の頼みにもならなかった。
人類は此の恐怖を遁れんとして切に別な道を求めて居る。別な道がいかに険しくとも、そちらへ行くより外に此の人類の恐怖からは遁れ得られない。
別の道とは宗教的感情・道徳的価値の一般的向上である。我々はいかに自ら微力な者であるとして、微力なるが故に愚図ついては居られない。率先して平和建設の精神的な擁護者となり、唱導者とならねばならなぬ。之こそが人類共通の目標であり現代救済の方法である。六合を凍結した厳寒の氷も、その氷の中に凍結されたる草木の新しい精気が動き初むる時に、誰かその柔らかなる芽が
氷を破る事が信ぜられよう。然しその精気が動く時、やがてその氷も解くる。
それが一陽来復の立春である。人類の社会にも一陽来復の時が来る。
厳寒が立春の序曲であるが如く、人類の恐怖は平和建設の前兆であると考える時、精神生活の精気は勃然として一般人類の心の中に萌すであろう。
我々はその内心的確信に由ってのみ此の危険なる時代の試練を克服する事が出来る。二十世紀後半の人類社会の問題は、人類絶滅か、然らずんば人類大同団結かのその何れかである。それは亦暴力の勝利か、然らずんば精神力の勝利かのその何れかである。
昭和二十八年七月「接収地」